昨夜、僕は急に”朝日を見に行こう”と決めた。
自分でも、どうして急にそんな衝動にかられたのか分からなかった。
朝何時に起きて、荷物や朝食はどうするかなど、そもそも近頃の日の出は何時だ?
そうか、6:20ね。
朝日を見に行くのはどこの山にしようか。
結局、近くの二子山に行くことに決めた。
なら出発は4:20、起きるのは4:00だな。
そして、今、僕は二子山の登山道入り口にいる。
駐車場に車を止めてライトが落ちてようやく気が付いたのだが、
山の中は相当真っ暗だった。そして、寒い…。
年に4,5回は登りに来る近所の山。
通いなれた登山、道も知っていると油断していた。
山中の暗闇にこんなに恐怖を覚えるなんて。
さっそく用意したヘッドライトを点けようと、リュックへ手を伸ばす。
あれっ無い。まさか…
しまった…忘れたのか。
僕は、気を取り直してスマホのライトを代用して山に登り始める。
あたりは闇、闇、真っ暗闇。
黒い影の塊の中に、薄白く登山道が浮かび上がる。
この道を行くのか…。
頭の中で、引き返そうかとよぎるが、道は知っているのだから、まさか怖いからと言って引き返す歳でもあるまいと、律儀な自分が背中を押した。
きっと山頂に着けば、綺麗な日の出を見れるに違いない、と自分に言い聞かせる。
それに、どうして自分が日の出なんかを見たいと思ったのか、なんとなく感じることがあった。
最近友人が、職場の人間関係が上手くいかず異動願いを出した話を聞いた。
一ヶ月は様子見で、その後に異動できるかどうなるか、まだ分からないらしい。
友人は真面目で誠実。話を聞けばいわゆるパワハラだなと感じた。
自分も以前同じようなことがあった。
その時は、きっと自分が悪いんだと思っていた。
けれど、時間をかけて会社と人を見ているうちに、そうでもないことに気が付いた。
殆どの上司は、自分可愛さに仕事をしていた。
上役に気に入られるための仕事。
そのせいで、本来なすべきことがおろそかになっても気にしなかった。
貴方たちはプロなのだからといって、ミスを許さないハイレベルな仕事を要求する癖に、
自分は、正義も効率も生産性もない、自分のためだけの仕事をしていた。
結局そうか。
そういうことか、と思った。
俺は、無知でおろかで、世間知らずだったのだ。
それまで”人の為に”仕事をしていた自分が、この会社の少数派だったことを悟った。
友人もきっとそうなのだ。
誠実にまじめに仕事をする人だった。
そんな彼が僕は好きだった。
僕が急に、朝日なんかを見たいと思ったのは、きっとそういったことへの確認、とか癒しみたいなことだ。
できれば、綺麗な写真を撮って、あいつのラインに送り付けてやろう。
だからって、何か変わるわけでもないのだが。
暗闇は怖い。
怖いと頭の中に恐怖が溢れてくる。
居るわけもないお化けが出たら、どうしよう。
ここでも、昔は戦で亡くなった人がいたのだろうか。
聞こえる音は、風の音と虫の鳴く音。
そこに自分の足音がやけに大きく聞こえてくる。
さっきからずっとカサカサと衣擦れの音が追ってくる気がする。
いやいや、怖いのはお化けじゃなくて、本当は生きている人間だってことは知っているだろ自分。
真っ暗な山に登りながら、頭の中が恐怖でいっぱいになっていたからだろう、
いつもよりたぶん早く歩いている。
体は汗だくで、呼吸が荒い。
まずいな、冷静じゃない。
そう思って、足を止めた。
急に静かになる。
呼吸を整えて周りを観察する。
木々の間から、空に星が見えた。
星が見えるなら、きっと大丈夫。
なぜだかそう思えた。
止まってみて気が付いたのだが、後ろから追ってくる衣ズレの音は、自分のナイロンジャンパーとリュックサックが擦れる音だと分かった。
ようやく、少し冷静になってきたところで、もう一度歩き始める。
山の中腹を超えて、見慣れた広場にでた。
左手に振り返ると、街の明かりがキラキラ輝いていた。
朝の5時代でみんなまだ寝ているだろう時間帯なのに、街は一睡もしていないような眩しさを放っていて、綺麗だった。
誰かにも見せてあげたいと思った。
登り慣れた山と勝手に知った気になっていたが、こんな景色も見えるのかと、今日来て出会ったことを嬉しく感じた。
そこからの道は早かった。
無意識に速いペースで歩いていたからだろう。
あっという間に、頂上近く階段まで来ていて、長い長い階段を一歩づつ登る。
あんなに大きくあった恐怖が、今はもうすっかりなくなっていた。
山頂は開けていて、ほのかに明るく、空にはまだ星達が残っていた。
東の空を望むと、残念ながら厚い雲に覆われていた。
日の出の時間まではまだ少しあった。
ベンチに座って、持ってきたホットコーヒーを飲む。
暖かい、そしておいしい。
吐く息が白い。
もうじき冬なんだなと、それが当たり前のように感じることができた。
じっと、東の空を眺めていた。
鱗雲が、上空をゆっくりと流れては、ずっと続いていた。
次第に薄いオレンジともピンクとも違う色がその雲の端を染める。
朝焼けだ。
決して派手に綺麗でもなく、雲で日の出を見れそうにもなかったが、
ゆっくり流れる雲とそれを染める朝日の美しさに、僕は満足した。
何がしたかったのか、結局のところ分からない。
けれど、これからは僕は頑張るよ。もっとずっと頑張る。
あんな奴らに負けてられない。
だから、君もガンバレ。
そう思いながら、僕は中途半端な朝焼けの空をラインしてやった。
おしまいっ